小鳥の遊び場

詩と文のライブラリ

雨と燕

 最近の雨のせいで洗濯物が溜まるばかりの日々。今日も夢は地獄絵図。それでも朝はやってきて普通に起きている自分がいる。不思議なことに部屋は片付いていて、和室とかキッチンが使いやすくなっていた。最近、結婚をしたのだけど、そのおかげかしら?だとしたら、彼に申し訳ないことをしたわ。私は何にもして無いですもの。ゴミもちゃんと出しに行ってくれる優しい夫。私には勿体無いわね。

 季節は巡り、もう時期、春と共に燕が飛んで来る。春は温かいイメージなのだけど、実際は雨。寒さがまだまだ続きそうね。雪もまた降ったりするのかしら?桜舞う季節の場違いな雪も私は好きよ。雨は勘弁願いたいわ。寒いだけなんですもの。写真がベッドの上部に貼ってあった。痛いほど会いたい私達の子の写真。私達の子。自分で育てられないのが、悲しいわ。悔しくもあるわね。あの子の成長を目の前で見れないのが悔しい。自分で育てたい気持ちもあるのよ。でも周りから無理と言われてしまっているから、致し方なく預けているだけなのよ。愛おしい我が子を自分で育てられないのは悲しいわ。ツバメになりたい。そしたら無制限にあのこの様子、見に行けるのに。

 

 春になり、燕が飛ぶ頃、一匹の狐が通る。和傘をさしてその姿は美しく淫乱。誰もがその姿に目を惹かれる中、狐は堂々とあるいていく。狐が向かうはお社。桜吹雪の中その雄々しく、美しいものに道ゆく人は見とれ、恐怖を抱きながらも目が離せない。狐には禍々しいオーラが漂い真っ直ぐに歩いて行く。まるでそのオーラは自身の子を取り戻すために必死になった狼のような鋭い目つきの狐。狐の名はぽん。子を取りあげられた哀れな狐。