16時半。あたりは夕暮れ。騒がしい駅前商店街を抜けた先の、小さな裏路地。秋風に揺れる金のセミロングの髪を払い除けて、彼女は降り立った。真っ白なロングワンピースがふわりと靡く。少し汚い路地の砂埃を円状に弾き飛ばし、これまた真っ白なハイヒールが汚れないように、降り立った彼女には黒い翼が。
っっっつ!?
おい、そこは白だろ!天使のセオリー無視すんなよ!堕天か!?堕天使なのか!?てか、羽!?あーもー、パンクしそう!
私はその人か天使か、あ、堕天使か。まぁ、わからない物体を見た瞬間、スクールバッグを落とした。音も立てずにやってきた、そいつは、俯いてて表情がわからない。きっと私の表情も無茶苦茶だっただろうけど、そんな事より、こんななんの変哲もない、ただの女子高生の下校中になんて者を用意したんだ神様よ。ふざけんな。普通を謳歌していたはずの私に、神様はド級の変質者を空から遣わせたみたいだ。
「ぁ、あなたに……」
なんだかもにゅもにゅいっている、堕天使なのか天使なのかわからないそいつは、急に顔を上げて、スカイブルーの瞳をこちらに向けてきた。なんだ、やっぱり、天使だよなぁ。キラッキラの金髪のセミロングだって、すっごくお似合いです。その黒い翼が邪魔をしている以外は、ちゃんとした天使さんですよ。さぁ、意を決してお言葉を!!
私は息を飲んだ。これから、彼女と一緒に異世界とか、そうゆうファンタジーの世界に行くのかな?それとも、神様の世界に連れてかれるとか?もしくは、ボクと契約して魔法少女に、はないか。でも、契約してご主人様とか有り得るかなぁ。それとも、仲間にならないかパターン?流行りのなんちゃら系みたいな感じ?うわ、マジ楽しみ!!普通も楽しい毎日だったけど、非日常もありありのありだよね。
地味に手をグーにして、ワクワクドキドキで彼女の言葉を待った。
「し、し、しあわそを!……はっ!」
天使ちゃん(仮)が顔を真っ赤にして俯いた。うん、誰にでも噛む事ってあるよね。仕方ないよね。うん。
少し、ドキドキとワクワクが削がれた。この天使ちゃん(仮)はドジっ子らしかった。萌え要素とか今、要らないんだよね。そもそも私、女だからね?同性にキュンとかしないからね?庇護欲とか出ないタイプなんだよね。だから、ね?
俯いてないで早く用件言えや。
「さ、佐伯、ぁ、天音さんを、しぃ、幸せにって……あぅぅ」
もにゅもにゅ天使ちゃん(仮)はまた、もにゅもにゅしだして、はぁ。キリがない。モジモジしててもさぁ、始まらんのよ。わかる?
はぁ。
深いため息の1つ吐きたくなることもあるよね。
「あのさ、一体、なんなのさ?」
「ふぇっ!?は、はひぃっ!だから、幸せになって!」
「幸せ?」
なんじゃそれ。異世界とかないの?神様のとことか行かないの?契約とかは?世界を守るとかないの?え、私の期待は?この子、今、自分で私の幸せ踏みにじったけど、大丈夫か?
「えっと、具体的には?どうするん?」
私はとりあえず、このドジっ子、天使ちゃん(仮)に歩み寄ることにした。まぁ、私を幸せにしたいらしいし、なんか、案でもあるんだろう。お金持ちにしてくれるとか?もしくは才色兼備とかにしてくれたり?あ、玉の輿にあって恋愛ドラマ始まっちゃうとか?神様のお告げを言いに来た説もあるのか!!
それは今流行りのなんちゃら系じゃないけど夢あんな!!楽しみだ!!
「一緒にいてくださぃ」
「ん?」
「一緒に……」
「んん?」
「だ、だから、一緒にいて、ほしくて」
「……」
「……」
「ぅぅぅぅっ!!!キラちゃんはですね!初めてのお仕事で緊張してるのです!それなのに、そんな冷めた目で見ないで貰えますか!!」
うん。こりゃ、ダメだ。
涙目で顔を赤らめて必死に叫ぶ痛天使ちゃん(仮)を背に私は帰路に向かうことにした。きっと、神様は幸せとか異世界とか、そんな非現実なことは起きないよって私に教えたかったのかもしれない。私が見たあの変な生き物は、見間違いだったんだ。現実を見よ。うん、そうしよう。