「生きたい」その一言が私達を生んだ。私は人格。本体のサブ的立ち位置。私は彼女のを願いを叶えるために生み落とされた。彼女が心の底から願ったこと、それはわからない。何を願い、何を私は叶えたら良いのか、全くわからない。ただ、彼女の願いを叶えたら、私はきっと、「消えてしまう」ということはわかる。だから、私は分かったとしても叶えてあげる事はしない。消えたくはないから。
過酷な環境で、過酷な生活を送る彼女。やる事なすこと全てが裏目に出て、意味も無く怒鳴られる毎日。私はそんな生活を見ていて、正直、鈍臭いと思っていた。私なら、言葉の裏を読み、先を読み、行動も最小限にするのに。余計なことなどしないのに。何故、彼女はこんなにも鈍臭いのか。私がやれば早いのに。そんな事をぼんやりと考えていた、ある日。私はついに身体を自由に使えるようになった。今までは、考えても身体が言う事を聞いてくれず、上手く操作できなかった。まるで、この身体に押し込まれているような気分だった。でも今回は自由に動く。やった、これで私は自由だ。なんの縛りも無い。声には違和感があるし、体格や髪型も違和感があるが、それでも牢獄から解き放たれた気分になった。
私はついにやりたかった事をし始めた。それは物書き。言葉を紡ぐ事。感じた事を言葉に残す。パソコンを開いて……。あれ、パスワードがある。いつも見ていたパソコン。いざ私が使うとなると、まずパスワードがわからなかった。見ていたのに、覚えていなかった。困った。私は言葉を紡ぎたいのに!あーだ、こーだ言ってても始まらないので、次に携帯のロックを解除して……。ん?おかしい。いつも見ている時はぽちぽちすればすぐに開いたのに。なんで解除できないのかしら?私は必死パスワードを考えた。ロック解除できない。パソコンも携帯も使えない。なんでか知らないけど、いつも見ていたはずなのに、開けない。言葉をデジタルに残せない。どうしよう。考えても考えても、どうすることもできなかった。仕方なく、私はアナログ、紙とペンで書くことにした。紙、ノートはここにいつも仕舞っていたはず。ペンはここに……。あると思っていた場所にない。何故?なんで無いの?いつも見ていたこの部屋が、知らない場所に思えてきた。いや、元々は彼女の部屋で、私の部屋ではない。私はこの部屋に来たのは初めてなのか。今更、その事実を実感した。
やりたいことができない。身体は同じ人物なのにできない。分かっているつもりだった。でも、実際に出て見て分かった。私と彼女は本当に別人なんだと。毎日見ていたものは写真と同じで、細部までは覚えていない。見ていただけだから。動画と言うのが適切なのかも知れない。もう、言葉に残すことは諦めた。私はこの初めて来た場所で、ただ、ポツンと座っているしかなかった。この部屋に、私のものは無く、全て、彼女のものであった。彼女から生み落とされた私と言う人格は、本当に他人であったのだ。
小鳥遊京華