小鳥の遊び場

詩と文のライブラリ

心の声

 声が呼んでいる。心の声。どこから聞こえて来るのかわからない心の声。私は答えたいと思った。歩く速度が速くなる。呼吸が荒くなる。冬の坂道。私は行く当てもないのに走った。

 

 普段通りの会社からの帰り道だった。今日は残業もなかった事だし、趣味の寄り道をしようと思ってひとつ前の駅で降りた。ここの街に来てまだ一ヶ月。知らない道は多いし、知らないお店も多い。一人暮らしの私は夜の寂しさを寄り道して解消することが多い。仕事が定時に上がれた時は毎回、いろいろな道を夜散歩している。一人だけの秘密の趣味。散歩すると色々な事を知れる。こんな所に公園があるんだ、とか、このお店美味しそう、とか。昼の散歩も好きだけどやっぱり夜の静かな道が好きだ。私だけの世界って感じがして楽しい。今は冬だから少し寒いけど、空気が澄んでて心地良い。季節は何でも好きだけど夜散歩には冬が一番気持ち良い。iPhoneも持っているんだけど、音楽は聞かない。冬の香りと静かな音が私にはちょうど良いの。パンツスーツの擦れる音に、コツコツとヒール音。知らない道を何となくで曲がってみる。駅から離れるとここは暗闇の世界。街灯と星空が私を照らす。綺麗な夜空。普段のストレスなんてこの夜空を見ているとちっぽけなものに感じる。やっぱり夜散歩はいい。

 声が聞こえたのはそんな悦に浸っていた時だ。

「僕を見つけて」

 なんの事かわからなかった。周りには人はいない。ましては子供なんて。立ち止まった。なんのことって私は自然と聞いていた。声は答えてくれた。

「いつも君の中にいるんだ。でも君は見つけてくれない。苦しんでいるのを良く知っている。悲しんでいるのも良く知っている。たまに僕が君の代わりをする事もあるんだよ」

 どうゆうこと。私の足はピタリと止まったまま動けなくなった。確かに昔から私はよくぼーとしているのか、知らないうちに物事が終わっていたりとか、家にたどり着いていたりとか、仕事が終わっていたりとかすることがあった。知らない男性の服が家に置いてあることも、知らないふりふりの服が買ってあったりとかもした。でもそれは、私がぼーとしているからだと思っていた。

「君は誰?どこにいるの?なんで私を知っているの?」

 私は無意識に聞いていた。彼は少し黙って答えてくれた。

「僕は・・・悟。君の中にいるんだ。僕は君が小さい時からいるよ。実は他にもいるんだ。派手な女性。気象の荒い男性。他にも。僕はそろそろ君には知って欲しいって思って声をかけたんだよ」

 彼は少し迷っているようにも感じたけど、私の問いに冷静に答えてくれた。でも、私は信じられなかった。だって小さい頃からってどういうこと?私の友達に悟なんて人はいない。その時ふと思い出したことがあった。昔付き合っていた彼に言われたことがあった。君はたまに別人のようになる時があるよねって。その時は酒で酔った時のことを言われているんだと思った。でも、でももし、彼、悟くんがその時、私の代わりをしていたとしたら?多重人格。その言葉が脳裏をよぎった。いやいやでも!二十五年間不思議なことは沢山あった。嘘つき呼ばわりも沢山されてきた。変なおじさんから身体を迫られた事もしばしばあった。知らないうちに、土日が終わっていたことも、あった。でも、それは全て勘違い、寝てただけ、忘れっぽいだけ、人違いされてるだけ、そう思っていた。受けた覚えのないテスト、いい点だったりしたよ?でもそれも忘れてるだけだろ。良い点なのは頑張ったからだろう。そう思ってきた。頭がぐるぐるしてきた。これ、私が精神的に参ってる?ただの妄想?

「妄想とかじゃないよ。僕らは君の中にいるんだ。代わりに動いたりもするよ。でもね、そろそろ僕達を知って欲しいと思ったんだ。だから、僕を見つけて」

 悟くんは悲しそうだった。実際に見える訳じゃないけど、声が悲しそうに聞こえた。私は私は私は。

 走った。夜の坂道を。声が、悲しげな声が呼んでいる。「見つけて」と私に訴えかけた。知らない道。でも走った。この気持ちをどうにかしなきゃ。悲しげな声、見つけてあげたい。でも方法がわからない。どうしたらわかる?どうしたらいいの?坂の上まで走った。そこは大きな道で沢山の花が手向けてあった。手紙も。

 

 

 

 題名は“悟くんへ”

 

 

 

 短編いかがだったでしょうか。とても短い短編だったと思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。私には技量が足りず、ここまでしか書けないのですが、ここからいろいろな想像をしていただけたらと思います。

小鳥遊 京華